鍋の中にはカルプフェン

こい(@gyaradus)のブログ

【クリスティー】『謎のクィン氏』――2022年6月に読んだ本について

 6月にミステリ短編『モノクローム・ドロップ』の制作を行った。そのうえで参考にした5作品の紹介を行う。



1.『謎のクィン氏』(アガサ・クリスティー

 ミス研《リーズニング・クラブ》の6月の課題本。主人公のサタースウェイト氏が、謎の人物クィン氏の協力によって、探偵となっていく様子が、同作者の『パーカー・パイン登場』を思い起こさせた。どちらも、ごくふつうの人生を送ってきた老人が、ある日ヒーローになるというコンセプトだ。読んでいて胸が暖かくなるのは、作品の根底に「人間は何歳からでも“何者”かになれる」という前向きな展望があるからなのだろうか。じっさいに世の中がそうでなかったとしても、クィン氏は、そんなおとぎ話を叶えてくれる存在なのだ。このシステムは、今回制作した作品に採用させてもらった。


2.『初秋』(ロバート・B・パーカー)

 スペンサーとポールは、『長いお別れ』のマーロウとレノックスなんだなあ、と今回思った。スペンサーが、「救えない人間はたくさんいる」といいながらも、ポールを見捨てることができなかったのは、「ドラマのない世の中」に耐え切ることができなかったからだ。現実がおもしろくないという悔しさ、それが「ヒーローになりたい」という欲の原動力なんじゃないだろうか。キャラクターの人物造形を作る上ではここを意識した。


3. 『オセロー』(ウィリアム・シェークスピア)

 オセロー将軍は、どうしてこんなイアーゴーに騙されるのかなあ、と思って読んでみると、イアーゴーの“騙し”の技術の高さにおどろかされる。この男、一貫して「ほのめかし」を利用することで、オセローに先読みをさせているのだ。人間、自分でたどりついた真実には、手放しがたさを感じる。5月の『牧師館の殺人』の読書会において、「クリスティー流のミスリード術」として話題にあがった方法がこんなところで使われていたとは……。テーマ作家であるクリスティーとの噛み合いも踏まえ、『オセロー』は、今回のモチーフのひとつに据えた。


4. 『空飛ぶ馬』(北村薫

 パロディーには、文脈をつくる機能がある。「どうでした?」「マクベスって《孤独》の劇だなあ、と思いました」から続く円紫師匠と〈私〉の『マクベス』談義は、それ自体がおもしろいのはもちろんのこと、作品自体にテーマをおびさせるという重要な機能を帯びている。『ブラウン神父シリーズ』において、ブラウン神父がカトリック思想を基盤に生みす知見に相当するのが、『円紫師匠と〈私〉シリーズ』における文学談義なのだろう。『マクベス』のモチーフを、事件の構図からトリックにまでからめた「砂糖合戦」は、改めて見事という他ない。文学談義がトリックに絡むという仕組みは、このシリーズから着想を得ている。


5. 『名探偵コナン ゼロの日常』(新井隆浩)

 安室透を主役にすえたこのスピンオフは6巻で一区切りを迎えた。5巻あたりから作画が安定し、1話1話がオムニバス短編ミステリとしてもおもしろくなってきている。巻末を見たところ、青山剛昌の監修はかなりしっかりと入っているようだが、安室さんを超人にすることにためらいがないのが、少年マンガの大御所がなせるセンスか。カフェのミステリということで雰囲気を意識したつもり。



 その他6月の活動

 7月~9月の読書会のテーマはアイザック・アシモフに決定した。自然科学と親和性がある作家なので、この期間は高校化学をはじめ、理系科目の学習の比重が増えるだろう。いやもうこれ書いてるの8月下旬で、現在進行系で一ノ瀬志希推しながら化学勉強中なんだけど。どうしてこんなにブログ報告が遅れたのかといえば、6月の読書会が延期されまくって、実施されたのが8月だからだ。とうぜんのごとく「今回の作品では~」など語っているが、そもそも作品のほうもまだ完成していない(6月の課題作だよね!?)。たのしみにしてくれている読者諸氏は、しばし待たれよ。