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こい(@gyaradus)のブログ

【笛吹太郎】『コージーボーイズ、あるいは消えた居酒屋の謎』――2022年7月に読んだ本について

 7月に読んだ本からとくに気になった5作品の紹介。



1.『黒後家蜘蛛の会1』(アイザック・アシモフ

 ミス研《リーズニング・クラブ》の7月の課題本。もともと気に入っているシリーズなので、「どうしておもしろいのか?」という話し合いでは、すすんで自説を述べさせてもらった。このシリーズのおもしろさの核心は、「読者が参加しやすくなる形式」にある。「謎についてあれこれ思考の枝を伸ばしてそれを剪定していく」というプロセス自体は、多くの探偵が、頭の中で、あるいは足を使って、ワトソン役と対話して、踏んでいるが、本シリーズでは多人数で行われる推理会がその役割を果たしている。この「推理はほかのだれかが検証してくれる」という形式は、謎解きをラテラル・シンキング的(ウミガメのスープ的)なものにし、読者に「登場人物たちといっしょに思いつきをアウトプットしようかな」という気分にさせてくれる。ときにはただのとんちで終わるようなオチがあっても、たのしめてしまうのは、このプロセスで感じられる思考のやりとり自体がすでにおもしろいからだ。《ブラック・ウィドワーズ》のメンバーが、各人の個性に基づいた推理を披露してくれる(ときには飛躍した推理もある)ところも、対称性を感じてたのしい。


2.『ミステリアス学園』(鯨統一郎

 巻末の【本格ミステリ度MAP】だけなら見たことがあるひとも多いのではないだろうか。ミステリ度・論理度のふたつの軸で法月綸太郎がともに100点をとっているあれだ。本作は、多重の作中作構成を取ることで、パズラー短編を通して、「ミステリ」「本格ミステリ」の歴史を知ることができる構成となっている。また、登場人物のひとりである小倉部長を通して作者(鯨統一郎)の考える「本格ミステリの定義」もたのしむことができる。
 乾くるみの解説を見ても、作者の意図としては「入口本」だったんだろうけど、ちょっと構成が入門書にしてはマニアっぽいというか奇抜。深水黎一郎の一部作品と同じく、「こういうのって界隈内でのコミュニケーションだよなあ……」というような気持ちにならないでもない。といっても、こうやってストレートに「ミステリ自体について語るミステリ」というのは嫌いになれず、素直に「ブックガイド+メタミステリ+パズラー短編オムニバス」の「マニア向け本」としてたのしんだ報告をする。


3.『花の下にて春死なむ』(北森鴻

 本作より始まる「香菜里屋」シリーズが『黒後家蜘蛛の会』と似たスタイルをとっているらしいということで、今回、目を通してみた。常連客たちがあれこれ討論して推理を出し合う形式はたしかに『黒後家蜘蛛』なのだが、それほど似た印象はない。本作は各短編に物語の主役となる視点人物がおり、謎の解決がそれぞれの不安・悩みにつながっている。読者の視点では、謎解きの解決が背負うものが肩の力を抜いたゲームの範疇を越えてしまっている。また、視点人物や探偵役の工藤が持っている情報が、参加者に共有されていないこともあり、作品世界における謎解きの参加者の立場がフラットとは言い難い。結果として、『黒後家蜘蛛』の文脈ではなく、この作品自体を情緒あるパズラーとしてたのしんだ。視点人物たちの自伝的記憶が、謎解きによって明かされる真相と重なり合い、セピアいろの写真のようなノスタルジーを引き起こす。情緒ある絵柄が思いもよらぬ真実につながる表題作「花の下にて春死なむ」の他、謎が提出される形式自体をトリックにからめた「家族写真」などが注目すべき作品か。


4.『コージーボーイズ、あるいは消えた居酒屋の謎』(笛吹太郎)

 今月、『黒後家蜘蛛』とともに『シャーロック・ホームズ』を読み返していて感じたのが、「形式の反復」が及ぼす効果だ。ミステリの重要な要素のひとつである「真相への期待」は、作者と読者の間で「お約束」が共有されることで保持される。本作『コージーボーイズ』は、読者も参加したくなるような不思議な謎の設定に、ラテラル・シンキング的に飛び出すたのしい推理の数々、会話の端々から語られる興味深い知識と、『黒後家』でおもしろく感じていたエッセンスが抽出されている。その再現だけでも十分にたのしめるのだが、本作はそこに質の高いパズラーとしてのおもしろさまで上乗せしてくれている。
『黒後家』でのヘンリーの解決に対応する「形式の反復」として、毎話「語り手である夏川ツカサの推理→店長の茶畑さんによる解決」という手続きがあるのだが、夏川の推理が「提示された謎からインスピレーションを働かせてたどり着けるもっとも納得の行く推理」であるのに対し、茶畑さんの推理は「その回全体の伏線からロジックを構築してたどり着ける想定外の真実」となっている。夏川の推理は、いわば「それまで出ている基盤での総まとめ」的な役割を帯びており、わたしは本作を読んでいて、この夏川の推理と被ることが多々あったのだが、そのたびに「茶畑さんがまったくちがう絵面を見せてくれるぞ」という期待が高まり、真相への興奮がかきたてられた。『黒後家蜘蛛』のヘンリーの推理は「いわれてみればそうだ」というような思考の抜け穴をつくものが多く、身振りから性格までかれそっくりな探偵役・茶畑さんもそれと同様に「発想の転換」を要する推理を見せてくれるのだが、それがどれもそれまでの推理の基盤を一気に揺るがしてしまうような鋭いものとなっている。構図の転換ぶり、なにげない会話までもヒントに組みこんでしまう伏線回収の妙から、泡坂妻夫的ともいえるだろうか。『黒後家蜘蛛』にもこのように大きな転換が行われる作品はあるが、一方で、たんなる言葉遊びに過ぎないものも多々あり、肩透かしに終わることはすくなくない。本作はこの「夏川の推理(これまで出ている推理の基盤での総まとめ)→茶畑の推理(まったくちがった観点による推理)」のプロセスを踏むことで、真相への期待を保証し、さらにはそれまでの推理との対称性によってインパクトを大きくすることにも成功している。「形式」の力を感じさせてくれる抜群におもしろいミステリ短編集。



5.『ホワット・イフ?』(ランドール・マンロー)

「もしもモグラが1mol集まったらどうなるの?」「元素を一種類ずつキューブ状にして並べたらどうなるの?」という読者の疑問に大真面目にこたえるQ&A集。「せっかく自然科学勉強中なんだし、読んでみるか~」と思って手に取ってみたら、おもしろかった。世界が破滅してしまうとかそういう類の、とんでもないアンサーはもちろん、著者がこうしたことを検証するために組み立てるロジックが興味をひく。「生き物はほぼ水で出来ているんだから、動物の密度はほぼ水として考えてみればいい」という発想、そんなの当然のことだろうと思う人も多いだろうが、自然科学に無知なわたしとしてはかなり感動した。



 その他7月の活動

 7月中は高校化学を中心に勉強を行った。当初中心教材にしていた『化学の新研究』は内容が詳細すぎて、外観を掴むのには向いていない、と思い、『宇宙一わかりやすい高校化学(理論化学)』『宇宙一わかりやすい高校化学(無機化学)』をまず完璧にインプットすることにした。

 古典や日本史の勉強でも感じたことだが、乱雑になっていた記憶が整理されてくると、かなり気分がいい。「塩素の生成」「塩化水素の生成」「さらし粉の生成」「酸化カルシウムと水の反応」など、混乱しやすい部分は、ユーチューブの実験動画を利用して映像から記憶していった。解像度を高めて次のステップに進むのがたのしみだ。